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| Franklin School のシンボルマーク "わ" の意味 |
■ 聖徳太子が掲げた 「わ」 の精神
西暦604年4月3日、聖徳太子は、日本史上初の憲法となる、いわゆる十七条憲法を制定しました。当時の中国は隋の時代、強大な権力は周囲を脅かす勢いでありました。 聖徳太子は、国の基盤を早急に固めなければ、日本は中国の属国となってしまうとの危機感から、この十七条憲法を制定したと言われています。 その十七条憲法の第一条の始まりの言葉は、以和為貴。 「わをもってとうとしとなす」
と読み、「皆が力を合わせ、仲良くすることが重要である。」 ということを述べています。 自国の危機に際して制定した憲法の冒頭が、和(わ)を貴ぶことから始まっているというところに、日本人が本質的に持っている
"バランス感覚" の真髄を感じます。
■ 「わ」 を国名とした先哲の想い
かつて中国では、日本のことを倭(わ)と呼んでいました。 日本の先人たちは、それが蔑称であったと知った後も "わ" という音は残しつつ 「和」 という字を当てるという驚くべき柔軟性を発揮しています。 そのこと自体が正に 「わ」 の精神だと言えるでしょう。 なぜ先人たちは 「和」 という字を当てたのか? そこには、勿論、和(わ)を尊ぶ民としての誇りがあったに違いありません。 こうして、図らずも、和(わ)を尊ぶ民が住む国の名は、和(わ)となったわけです。 (実際の読み方は、倭・和・大和、後の日本、全て "やまと" であったようです。)
■ 「わ」 の精神が人生を豊かにする
前述の話からも、日本人の和(わ)に対する並々ならぬ想いの丈が伺えます。 日本人のアイデンティティーは、和(わ)の精神を中核として成立しているのではないかと思えるほどです。 "違い"
を認め合い融合しようとするこの 「わ」 の感覚を育むことは、きっと人生そのものを豊かすることに直結しているはずです。 殊、戦後において乱れ続けてきた日本の良き国柄を取り戻すために、また同時に、自らの人生をより豊かなものにするためにも、日本人自らが、再び
【真の日本人】 とならなければいけない。・・・今は、そういう時代なのだと思います。
■ 今こそ世界に 「わ」 の精神を!
「わ」 の精神の再構築は、日本人にとってのみ有効なのではありません。 それが、世界人類全体にとっても有益であることは、論じるまでもなく自明です。 絶えることのない争いを減らし、出来る限りの世界平和を実現するために、今世界には、「わ」
の精神が必要です。 驕りではなく本気で 「世界中が "日本的" であったなら・・・。」
と、思うほどです。 そして、"世界のお手本" として、「わ」 の精神の模範をいち早く示せる者は、日本人をおいて他にはいません。 今こそ日本人が世界の羅針盤となり、「わ」
の精神と共に世界を導き牽引していく時なのだと思います。
" Be proud of being Japanese; use English to tell the world who you are. " ・・・Franklin School の標語です。 正にこの標語の如く、出来るだけ多くの若き日本の志士たちが、「わ」 の精神を柱とした日本人としての誇りを胸に、英語を使って世界にその精神を発信していってくれることを心から願っています。 自らの人生をより豊かなものにするために、そしていつの日か世界の道標となるために・・・・ 和を貴び、世界の中の和人であることに誇りを持って生きていきたい(生きて欲しい)。・・・このシンボルマークには、そんな想いが込められています。
※弊社のシンボルマークは、和の文字をモチーフにしたもので、弊社の理念にご賛同いただきました、岡山を代表する書家、小林
白汀先生が、魂を込めて書き上げてくださったものです。 |
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